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| このページは大牟田市役所に勤務する主査・主任で構成する互助組織「大牟田市役所主査・主任会」で編集され発刊された「大牟田の宝もの100選」という本の中から隔週ひとつづつ紹介していくページです。 | |
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|三井鉱山時代から、地域の産業と市民の生活を支え続ける|
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Vol.34
九州電力港発電所 |
▼大牟田市新港町1▼JR大牟田駅から西鉄バス荒尾方向行きで三川町5丁目下車、徒歩約10分▼TEL094-53-7025
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| 九州電力港発電所は、1931年7月、三井鉱山株式会社が三池炭鉱の自家発電所として「三池港発電所」を運転開始させたのを始まりとする。 当時の三井鉱山は、大牟田地区における関連会社や工場の消費電力を、すべて採掘石炭を利用した安価な自家発電でまかなう方針をとっており、発電所の増強を進めていた。しかし、この方針もほどなく放置せざる得ない状況となる。 第一次世界大戦終了後、大正時代末期から昭和初期にかけて日本は経済不況になり電力業界では再編・統合が進み、九州では事実上、五電力会社体制が確立していった。 政府もこれらの動きを支援し、企業の自家発電に対する規制強化を図った。このため、1935年1月30日、三井鉱山と九州内の5つの電力会社により、九州共同火力発電株式会社(筆頭株主は三井鉱山)が設立され、同年5月、港発電所の譲渡を受けて営業を開始した。 さらに、戦時色が急速に深まる中で、九電の国家管理を事実上認める法案も成立し、1938年の「電力再編成」とともに、社名も「九州火力発電株式会社」と改められ、太平洋戦争末期には「日本発送電株式会社」に九州合併されて、三井鉱山の手を離れていくことになる。 戦後の電力業界は、独占の解体、経済の民主化というGHQの占領政策の中で、最終的には、1951年5月1日、全国9地区で新電力会社が一斉に発足し、日本における電力再編が完了する。この時に九州電力株式会社もその1つとして発足した。 現在の九州電力港発電所は、1960年9月10日、最新鋭の石炭専用焼却発電所として運転を開始した。そして1962年には、当時日本最高の発電効率を達成した。 “石炭から石油”へのエネルギー情勢の変化により、一時期、重油との混合焼却発電、重油専用の焼却発電なども行ったが、83年には再度、石炭専用の焼却発電に戻った。 石炭火力発電所として、かつては三池炭鉱から産出される石炭を燃やしていたが、97年3月30日の三井三池鉱閉山に伴い、98年5月からはもっぱら輸入石炭(主に中国、インドネシア)を燃料として、大牟田・荒尾地区に電力を供給している。 最大出力は15万6000キロワット(平均家庭の約5万軒分)、石炭は1日約1100トン、年間約32万トンを使用する。 2000年9月10日には操業40周年を迎え、累積運転時間はすでに28万時間を突破し、「日本一」を誇っている。そして今なお現役として順調に運転を続けているタービンは三菱重工業製、回転数は3600rpm。 港発電所の社員は約80人であるが、九州電力は九州随一の地場産業であり、大牟田でも地域開発をはじめ、地元経済界で指導的役割を果てしている他、文化活動、ボランティア活動も盛んである。 |