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稲荷山は大牟田市の北東部に位置し、台形状の山容で目をひく標高181メートルの小高い山である。石炭発見の稲荷山(とうかやま)とは同名別所である。市内の山林の大半がスギ、ヒノキの人工林または荒れた竹林となっているのに対して、九州の自然植生である照葉樹林が残っている稲荷山は大変貴重な場所である。
ゴールデンウィークの頃には、コジイの花序(かじょ)が白い塊となって点在し、新緑の季節の到来を感じさせる。平坦な山頂付近には茂登山(もとやま)畜産団地が造成され、ブロイラーと肉用牛生産が行なわれている。肉用牛はホルスタイン種であるが、牛乳生産に不要な雄牛に去勢手術を施し、性質を和らげ、上質の肉を生産している。稲荷山の南斜面は大部分が柳河・立花家の所有であり、開発と自然保全の調和した利用がなされている。
多くのみかん園は昭和30年代に開墾され、高品質のみかんが「芝尾(しばお)」、「上内(かみうち)」などのブランド名で出荷されている。その中で最も歴史があり、規模の大きい園が橘香園(きつこうえん)である。1936年に造成された約12ヘクタールの果樹園は、全国の果樹農家から注目されたモデル園であった。管理道路を広くし、作業の便を図ったこと、石垣を組んで園内の造成地盤を強化するとともに、排水向上を図ったこと、防風林として、開墾前にあった自然植生をそのまま利用したことなどが特徴であった。南斜面の山頂付近は開墾せずに自然植生を残したことも、北海道大学で林学を学んだ立花和雄氏の山に対するすぐれた見識が反映された結果である。開園に際して、農林省のの興津(おきつ)試験場に勤務していた技官を雇用し、園の経営に当たらせたことも斬新な試みであった。オーナー・システムによる観光みかん園も始めており、人気を集めている。
橘香園の南側隣接地には、立花内膳(ないぜん)家(弘樹)の屋敷と庭園跡(樹齢200年のツツジ、マキ、モミなど)があった。立花弘樹は明治時代に自由民権運動で活躍したことで有名である。明治初期に建築された屋敷は二階建木造建築であったが、有明工業高等専門学校の記録調査がされた後、1992年秋に解体された。翌年3月には第三セクター・バイオファクトリー(現・「花ぷらす」)により花や野菜の苗生産施設が建設され、大牟田市および近郊地域の農業振興と市民への園芸普及を目的とした事業が展開された。石垣を積み上げて作った美しい果樹園の一部を「創造の圃」として整備する観光植物園などの構想もあったが、休止になっている。
橘香園の東に隣接するシャクナゲ園は、地元の野田義男氏が20年来丹精をこめて作られたものであり、4月になるとたくさんのシャクナゲが開花し、訪れる人々の目を楽しませてくれる。一般に開放するには若干の整備が必要であるが、現在は高齢者を中心とする園芸ボランティアの活躍で最小限の維持管理がなされている。
橘香園には秋になると小学3年生が社会科見学でバスを連れてくるが、果樹園だけでなく照葉樹林、畜産団地、苗生産施設、シャクナゲ園など学習や観光に魅力あるスポットの有効活用が望まれる。
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