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玉川小学校区には焼石山自然公園がある。周囲は500メートル程の細長い丘であり、南西側には車数台が止められる駐車場がある。駐車場から丘の頂上まで標高差10数メートルで、階段が取り付けられている。丘の上の細長い平地には四阿があり、三池山から小岱山にかけての展望が素晴らしい。
公園の西側を通っている道は、旧三池街道である。街道を北に辿ると、櫟野の交差点の陸橋に出る。このあたりでは、三池街道は、県道三池・金山線の西側に沿った塁壁状の丘陵の上を通っている。
大牟田市内に焼石という地名は、玉川校区の焼石山と平原校区の焼石町の2ヶ所に見ることができる。「大牟田の地名」(石川保著)には、いずれの地名も付近の岩の色が赤茶けていることから焼石というようになった、と明記されている。
焼石山の赤茶けた岩は、銀水層の礫岩である。岩石の中には角ばった小石(礫)が含まれている。銀水層は、大牟田の石炭を含む地層の最初の段階のものである(今から約5000万ー3800万年前)。陸地だった所がだんだんと低地になり、低湿地となった所に土砂が堆積してできた地層が銀水層である。また、焼石山公園南側にある説明板のあたりでは、あずき色をした独特の土が見られる。これは当時の気候が、雨季と乾季がはっきりした温暖なものであったことを物語っている。
大牟田市内の地層は水平に近い傾斜であるが、焼石山では直立している。このため、銀水層の礫岩は恐龍の背のように見える。この原因は米の山断層の断層活動によるものである。
米の山(大字歴木)から南方に、三池・金山線沿いに米の山断層が走っている。断層の東側の三池山側が断層活動によって上昇し、この時の上昇に引きずられて、めくれあがるように地層が直立した。米の山あたりから三池・金山線に沿って西側に塁壁のような地形が続くが、これは直立した地層が地形として残ったためである。なお、米の山断層は現在は活動を止めており、活断層としては扱われていない。
焼石山頂上付近の岩石を見ると、表面はやや光沢を帯びてつやつやとしている。これは、「鏡肌」と呼ばれ、断層活動での摩擦で生じたものである。面をよく見ると平行な溝があり、断層の運動の方向が分かる。西側には石炭層が露出しているが、断層運動のため炭層が乱れている。この石炭層は、通常は銀水層の上にくる米の山層の石炭層である。「米の山炭」あるいは、三池炭鉱の主力炭層であった「三池本層」から数えて8番目の炭層であることから「第8層」と呼ばれる石炭層とされている。かつて米の山周辺や上内上徳山、荒尾市府本をはじめ各地で小規模に採掘された石炭層である。櫟野交差点のコンクリート法面には、観察のために一部地肌を露出させている部分がある。ここでも直立した地層や石炭層を見ることができるが、この焼石山の石炭層の延長である。
「焼石山自然公園」との名のとおり遊具などはないが、公園内のあちこちで大牟田の地質の歴史を辿ることができ、ほかにはあまり類を見ない希少な価値を持つ。また、教育的見地からも貴重な価値があることは言うまでもない。
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