綿積神社

住所
大牟田市恵比須町3番の1 
電話
電話:0944-56-2401(0944-52-5090)

 

横須 綿積神社(よこす わたつみじんじゃ)

   古くより「海の神様」として知られています当社の創立は、三百五十年前、現在の浜町に氏子地域の氏神様として祀りたるによります。

  明治三十年八月吉日に当地に遷宮されましたが、しかし、戦災に遇いて焼失してしまいました。(ご神体は無事であった)。

  昭和二十一年四月二十九日氏子の皆様により仮神殿を建設しました。

 そして遂に、昭和四十七年長年の氏子の宿願であった神殿・拝殿を新築しました。 当社の祭神は、「豊玉彦神(大綿積神)・豊玉姫神(豊玉毘売命)」の二柱であり、海彦と山彦(彦火火出見尊ヒコホホデミノミコト)の話で有名な「山彦」(別名 火遠理命ホオリノミコト)と豊玉彦の娘・「豊玉姫」の御子が「鵜葺草葺不合命」(ウガヤフキアエズノミコト)であり、初代 「神武天皇」(カムヤマトイワレヒコノミコト)の父であります。

  「わたつみ」の「ワタ」とは古語で「海」のことであり、古い時代より当社の二柱の神 豊玉彦神(大綿積神)・豊玉姫神の御神徳は、「海の守り神」「大漁の神」でありました。 後世には、「龍神」「水の神」ともいわれ、農業に大切な水を司るとして、五穀豊穣を願う神様となり、合せて商業の振興も願う神様として、近隣住民に親しまれています。

 

境内社 琴平神社

 横須 綿積神社には、境内社として大国主神(大物主神)を祀る琴平神社(金刀毘羅神社[ことひらじんじゃ]と同じ)がございます。

 琴平神社の総本社は、香川県琴平町の金刀毘羅宮であり、航海安全・大漁祈願の祈願者が訪れます。

 讃岐の「こんぴらさん」の名で親しまれています金刀比羅宮は、香川県仲多度郡琴平町にある琴平山(象頭山)の中腹に鎮まります。初めに大物主神を祀り、古くは「琴平神社」としていました。後の中世の時代に「本地垂迹説」の影響を受け、金毘羅大権現と改称し、永万元年(1868年)に崇徳天皇を合祀しました。

 その後、明治年間に神仏混淆の廃止により、元の神社に復り宮号を仰せられて「金毘羅宮」と改称しました。 祭神は、「大物主神」「崇徳天皇」であり、「大物主神」は天照大御神の弟「素盞嗚命」の子であり、別名「大国主神」とも称し、[農業殖産]・[漁業航海]・[医薬]・[技芸]などの神徳を持つ神として全国の人々の崇敬を集めています。

 当社はそのご分霊を祀り、祭り主である三池海運さんが、春の3月10日と秋の10月10日に神事祭典を斎行しています。

 

境内社 天満神社

 同じく、横須 綿積神社には、同じ敷地内ではありませんが、同じく境内社として「天満神社」がございます。 この神社は50メートルほど離れた、当社飛び地境内地のある天神町に鎮座しています。

 小社ではありますが、所在地からも推察できますように、地名より以前に祀られた由緒のある神社であります。

 祭神は、菅原道真公であり、幼少期より学問の才能を発揮され努力を重ねられて、一流の学者・政治家・文人としてご活躍なさりました。無実ながら政略により大宰府に流され、延喜3年(903年)2月25日ご生涯を終えられました。

 延喜5年(905年)御墓所の上に祀廟が創建され、延喜19年(919年)には勅命により社殿が建立されました。その後、道真公の無実が分かり「天満大自在天神」と神様の御位を賜られ「天神さま」と崇められています。

 その分御霊を当社は、お祀りしています。


初詣記念品  ※数に限りがあります

開運お守り・車輪守護
※どれかひとつ

 

横須 綿積神社の年中行事

1月1日(元旦)午前0時 歳旦祭

 年の初めをお祝いする神事です。 除夜の鐘の終了とともに太鼓が鳴ります。

2月25日(祭神 菅原道真公が亡くなられた日)

 境内社 天満神社の年に一度の例祭(天神祭) 午前10時 

4月29日午前10時 春季大祭

 横須 綿積神社の春の大祭です。古くは「昭和天皇の誕生日」で今では「昭和の日」です。この日に現在の社殿が完成したのを記念し春季大祭として斎行しています。

6月30日午前10時 夏越大祓祭

 各人の住所氏名年齢が書かれた、「人形(ヒトガタ)」が「茅の輪」を三度潜る祭り。 半年の罪・穢れを祓います。

11月3日午前9時 秋季大祭

 横須 綿積神社の秋の大祭です。「文化の日」に航海安全・大漁祈願・五穀豊穣を感謝し斎行いたします。 神輿も町内を巡行いたします。奉納の子供剣道大会・相撲大会も行われます。

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